私はプライムネット株式会社を創業する前の5年間、野口観光株式会社にて執行役員支配人として勤務していました。同社は、バブル崩壊後の北海道観光業が長期低迷していた時期においても、高い利益率を維持し続けた数少ない企業です。私自身、多くの学びを得ましたが、本稿では特に印象深かった「経費を売上に連動させる」という経費連動型マネジメントについてご紹介したいと思います。
まず、北海道の観光産業は需要の季節変動が非常に大きく、繁忙期と閑散期の差が全国的に見ても極端であることが特徴です。繁忙期には客室単価の上昇により売上が伸びますが、閑散期には単価を下げて集客せざるを得ないため、同じ経費水準を維持しているとすぐに赤字へ転落します。この環境下では、固定費中心の経営構造を維持すること自体が致命的なリスクとなります。
こうした状況において、野口観光では売上に応じて経費を柔軟に変動させるという考え方が徹底されていました。例えば、ビュッフェレストランにおける料理原価は繁忙期と閑散期で明確に水準を変え、顧客満足度が大きく低下しない範囲でメニューを変更し、料理原価を計画的に抑制していました。また、食材価格は市場変動が大きいため、値上がりした食材を惰性で使用せず、代替食材の活用や仕入れ先の変更を躊躇なく行い、メニュー構成自体を柔軟に修正していました。
さらに、人件費についても柔軟な運用が行われており、特にパート・アルバイトの活用比率を意識しながら、予算を日ごとの客室稼働率に合わせて調整し、シフト編成や役割分担を臨機応変に見直していました。照明・空調・浴場稼働時間といった水道光熱費の管理や営業時間の見直しなどについても、固定的な前提に縛られず、常に可変要素として捉え続けていた点が印象的でした。
一見すると当然の経営判断のように思えますが、この姿勢を「全社的かつ継続的に」「例外なく」「迷いなく実行する」ことは決して容易ではありません。実際には、この徹底度の高さと決断の速さこそが、同社が厳しい環境下でも利益を生み続けた最大の要因であったと確信しています。
観光・宿泊業は外部環境の影響を強く受ける産業であり、今後も景気変動、災害、国際情勢、為替、感染症など、さまざまな不確実性に直面し続けます。だからこそ、「固定費中心の経営」から「変動対応型の経営」へと発想を転換することが、長期的な事業継続に不可欠だと考えています。売上が伸びる局面では積極投資により価値を拡大し、落ち込む局面では冷静に経費を縮小する。状況に応じた柔軟な舵取りこそが、どのような市場環境でも生き残るための最も有効な手段であると言えるでしょう。