宿の使命

5 11月

今から5年ほど前の冬、私が出張先で、とある温泉宿に宿泊した時のことです。明け方6時頃、まだ眠っていた私は、突然の大音響で目を覚ましました。火災報知機の警報音です。暫くして、廊下のスピーカーから警報メッセージが流れてきました。『火事です。火事です。火災が発生しました。従業員の指示に従って、避難してください。』
廊下にでると煙の匂い。フロントの方まで歩いていくと、真っ白な煙が立ち込めています。しかしそれは火災ではなく、暖炉から噴出していた大量の煙でした。従業員が暖炉の着火に失敗したのが原因でした。
既に暖炉に炎はなく、しかし火災報知機は依然となり続けています。従業員に問いただすと、火災報知機の操作方法がわからないと言います。私は許可を得てフロントバックの事務所に入り、代わりに音響停止操作を行いました。

これがもし本物の火災だったらどうでしょうか。従業員による宿泊客の避難誘導や初期消火活動は適切に行われなかったのではないかと思います。
私は宿泊業界に入ってすぐに「ホテルの最大の使命は宿泊客の生命と財産を守ることだ」と教わりました。お客様を感動させるサービスや魅力的な設備などは二の次で、安全が第一だと学びました。
宿泊施設として営業するためには、建築基準法、消防法、旅館業法、食品衛生法など様々な法令で厳しく規制が敷かれています。毎年多額の費用をかけて消防設備点検を業者に委託したり、日ごろから消防避難訓練などを行うのも、全て利用客の安全を守るためです。

「新法民泊(住宅宿泊事業法)」が2018年6月に施行されますが、宿泊客の生命・財産を守るという責任が担保されるのか疑問です。安全に大変なコストをかけて営業している既存の宿泊施設と、民泊施設が公平な競争環境にあるとも思えません。様々な疑問が払拭されないまま、なし崩し的に民泊ブームがやってきます。