チャンス

8 1月

私は例年1月3日に自宅近くの神社に参拝をすることにしています。参拝して祈願する内容は毎年同じで、「無病息災」のひとつだけです。身近な人と自分の健康と無事を祈ります。疾病や災害は自分の力では防ぎようがないので、そこは神様にお願いする。それ以外はすべて自分が為す事であり、運も不運も含めて責任は自分にある。

昨年の1月3日も「無病息災」を祈りましたが、世界は新型コロナという大変な災禍に見舞われ、多くの方が命を落としました。しかし考えてみると、人類は常に様々な病気のリスクと共に在り、コロナ以外の原因で毎年多くの方が病に倒れています。災害についても、地震や台風などをこの世から一切無くすのは不可能なことでしょう。無病息災を神に祈るのは、もともと無理なお願いなのかもしれない。そう思いながら、今年の1月3日も「無病息災」を祈らずにはいられませんでした。

さて、新型コロナとの闘いは、世界中の科学者の英知を集結しても、感染の動向や変異など未だ解明できない領域が多く、この先何が起きるか本当にわからない。期待されるワクチンは2月末から接種が始まり夏頃には日本国内に広く行き渡るかもしれません。しかし収束にはまだまだ長い期間がかかることを覚悟しなければならないでしょう。

ならば私たちは、座して神頼み、ワクチン頼みで思考停止している場合ではなく、今できることに努めるしかない。頭をフル回転させ、手を動かし続けるしかない。「転禍為福」―災い転じて福となす。「ピンチはチャンス」と言いますが、あらためて実に深みがある言葉だと思います。新型コロナがもたらす百年に一度の危機が、人間社会に変革を突き付ける今こそ、イノベーションを起すときです。今までやってきたことの延長や改善くらいでは、たぶんこの危機は乗り越えられない。私たちが生き残るための小さなイノベーションをひとつでもふたつでも起こさなければならない。

「壁というのは、できる人にしかやってこない。超えられる可能性がある人にしかやってこない。だから、壁がある時はチャンスだと思っている」(イチロー)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)