開店前から行列ができる人気のとんかつ屋が、ある日突然閉店する「とんかつ屋の悲劇」をご存じでしょうか?
通常なら、1000円~1500円くらいの値付けをしなければ利益を出せない品質のトンカツ定食を600円~800円くらいで売っていて、「立派なとんかつ定食が格安!」が人気の要因になっています。
そんな安値で商売ができてきたのは、店舗がもともと自己所有で、設備の償却も終わっていて、店の運営は高齢の夫婦2人だけで行われ、国民年金も受給している状況です。だから儲からなくても何とか商売を続けられる仕組みになっている。でも、そんな状態で若い人が店を継ごうとしても、同じようにはやっていけない。そこで人気店のまま閉店してしまう。
地方の小規模な宿泊施設にも、同じような構図が見受けられるかもしれません。
戦後の日本の製造業は、高い品質と価格競争力を武器に、大きく成長しました。製造業が「いいものを安く」の戦略で成功できたのは、高度成長期において国内外の需要が大きく拡大していて、大量生産・大量販売が可能だったからです。
一方で、日本の宿泊事業者の9割は小規模経営で客室数が少なく、1日に販売できる量が決まっているため製造業のような大量販売が成り立ちません。さらにバブル崩壊後は長引くデフレ経済下で販売価格も下落する一方でした。かといって「安かろう悪かろう」では顧客の支持を得られない。そのため、やむなく「立派なとんかつ定食を格安」で販売せざるを得ない状況もあったことでしょう。
日本はこれから他国が過去に経験したことがないような急速な人口減少社会に突き進みます。インバウンド需要を更に拡大しても、国内観光市場の縮小分を補うまでには至らないでしょう。したがって今後も「いいものを安く」の戦略は成立しません。生き残るためには「いいものを価格相応で」販売する戦略を取るしかありません。
そこで必要になってくるのは、経営者が販売価格に対してよりシビアな考え方を持つこと。もうひとつは、サービスをより付加価値の高いものにシフトさせていくことです。小規模な宿こそターゲットを絞り込み、個性的なサービスを創造し、SNSなどでその特徴を尖らせることで顧客を獲得する。戦略によっては生産性の高い宿泊施設経営を実現することは可能だと思います。