宿泊施設経営を取り巻く環境はますます厳しさを増しています。原材料費、人件費、光熱費が軒並み上昇し、利益率が圧迫される中で、赤字に転落する施設も少なくありません。さらに、人手不足が深刻化する中、賃上げを実施しなければ人材の流出が避けられず、補充も難しくなる現状です。こうした厳しい状況において、販売価格の適切な決定は、経営を持続可能にするための鍵を握っています。
ここ数年で利益構造が大きく変化したにもかかわらず、販売価格を見直さず旧来の価格設定を続けている施設もあります。それでは、「経営者の怠慢」と批判されても仕方がありません。京セラ創業者の稲盛和夫氏は「経営の死命を制するのは値決めである」と語り、「最適な販売価格を見抜けるのは経営トップしかいない」と指摘しています。
価格決定の基本:3つの視点
価格決定は、以下の3つの視点をバランスよく考慮し、最適な落としどころを探る作業です。
1.自社の視点
自社の収益構造、リソース、生産能力を分析することが含まれます。これらのデータを持ち、全体像を把握しているのは経営者自身であり、この判断を他者に任せることはできません。
2.競合の視点
競合他社の価格や戦略を把握することが必要です。同業者との差別化が価格設定の根拠となります。
3.顧客の視点
顧客がその価格で満足し、納得して購入するかを考慮します。稲盛氏は、「お客様が喜んで買ってくださる『最高の値段』を見抜けなければならない」と強調しています。
「いいものを相応の価格で」提供する
日本では高度成長期の「いいものを安く」という価値観が未だ根強く残っています。しかし、この固定観念を引きずり、「儲けることは悪」と感じる経営者も少なくありません。この意識を転換し、「いいものを相応の価格で」提供する考えを持つことが必要です。
ダイナミックプライシング時代の価格決定
現在、多くの宿泊施設がダイナミックプライシングを採用しており、宿泊料金は日々のレートコントロールで変動します。そのため、定価(正規料金)という概念が薄れつつありますが、それでもなお、目標とする価格を適切に設定し、それにできるだけ近づける努力が重要です。
価格決定力とは、単に販売価格を決めるだけでなく、施設の生存と成長を左右する経営戦略の中核です。この力を磨くことで、宿泊施設は厳しい市場環境でも持続可能な経営を実現できます。価格の見直しを怠らず、常に最適化に努めることが、競争に勝ち抜くための第一歩となるのです。
参考文献)
経営12か条(稲盛和夫)
新・生産性立国論(デービッド・アトキンソン)
日経トップリーダー 2023年11月号